健康的に不健康になりたい

青臭い事を書いても良いところ

たまこまーけっと

たまこまーけっと

たまこまーけっと やっぱり良い作品で泣いた。
起こってることは割と何でも無いはずなのに。特に飛び道具的な事はやらないので見ていて我に返る瞬間が無い、且つだるくならない。最後も雰囲気は特に変えて無くて、それでいて最終話を感じさせる高揚感。ちゃんと今までの土台を使ってる。その辺りは新世界よりとは正反対かもしれない。やっぱり出来が違うんだなぁ。悔しい。
話数も12と昔言っていた「大抵のアニメは1クールで十分ですよ、それ以上やってもだるいだけ」を思い出す数で完璧(ちなみに今は少し大人になって、webで言わない様になった)。
正直こういう日常系みたいな作品を褒めるのは癪というか、「新世界より」の様な作品で良作が出てくるのを願ってやまないのだけれど、大谷日堂ではないが良い物には正直な賛辞を捧げなければならない。
たまこまーけっと、たいへん良い作品でした。

新世界より

新世界より、雰囲気は良いけど構成力が無くて最後だけパパーンと景気よく終わるクラシック音楽みたいな作品だった。好きだけど、非常に勿体ない。
もう一度この言葉を贈る。
「どうしてこうなった」

絶園のテンペスト

絶園のなんちゃら見ながら泣いてる。辛い。
どうしてこうなった VS いったいなんだったのか

どうすればこの様な素晴らしい作品が作れるのか VS どうしてこうなった VS いったいなんだったのか

見終わったのほかほかな状態で書いた文章。ちょっと言ってる意味分かりませんね、一部。

拡散性ミリオンアーサーをやってみたら罪悪感に苛まれて牧場物語の世界に戻りたくなった

(書いてたらタイトルはオーバーなんだというのに気づいた)
注: 「初めてのソーシャルゲーム」の話なので上手く把握出来てない所も多いので、"ソーシャルゲーム"と言ってる文脈でも実際にはこのゲームだけの場合もありそう。それと題材の性質もあってすぐに状況が変わってるかもしれない。


4/25辺りから所謂ソーシャルゲームをやってみている。"ガチャ"がある恐らく現在主流のものなのだと思う。こういう作品をやるのはこれが初めて。

最初の頃に700円(お金が無駄にならない実質的な最小単位)だけ突っ込んでみたけど、自分にはこれ以上は無理だと思った。C9で見たMMO RPGのアイテム課金の方が払う来になりそう。まぁあれも実際に払ってみると感覚としても大して代わらないのかもしれない。


"罪悪感"買い取りします

ここからが本論というかこの文章を書き始めた切っ掛け。

やってると弱者を叩き潰す事に対するストッパーが全く無くて罪悪感が燻るのを感じる。作業的にやればあんまり感じないことだとは思う。

叩き潰された弱者側からは潰された事実がほぼ観測出来なくてそれによるクリティカルな影響も無いから全く問題にはならない。ほぼというのは、進行上必ずしも必要で無いアイテムが無くなる事でのみで観測出来るから。逆に言うとそれだけ。
(実際にはBattle Costというパラメータに依るらしいが)概してレベルの高い人と戦って勝った方が当然経験値が良いので弱者を叩く積極的なモチベーションは決して無いのだけれど、無料ユーザーは支払っている人と比較すると(強さ/レベル)が低くて結果的に自分よりレベルの低い人と戦うことになる。

これも支払いたくなる効果的な構造のひとつなのかなと思った。
これだけ読んでもよく分からないだろうなぁ。上手く説明するのめんどい。
金を払うと俺つえー出来る上に罪悪感が減る。金を払わないとレベルが低い者と戦わなければならず、勝ったら罪悪感負けたら悲しみ。

"俺つえー"部分は平和なユーザーからの視点であって、トップランカーにはまた全く別の世界があるんだと思う。個人的にはそこに一番ゲーム性というかゲームシステムハッキング的な面白さが詰まってるんだろうなぁとイメージしてる、けど別に自分は見なくても良いかなというかんじ。ヌルオタいくない...


この"レベルと強さ"については、表示されているレベルとパラメータが有名無実化してるということだと思うのだけれど、要はレベルなどによる適切なマッチングが出来ないというのが不満なのかな。


人とNPCの間

やはりというべきか、この向こうに人間が居るのだという雰囲気は薄くて、特に誰かと一緒にやっているという感覚は無い。お友達登録した人が自分が戦闘中の敵(人でなくNPC)を勝手に攻撃しておいてくれるという、疑似リアルタイムの協力プレイはあるので、現状ではそこが一番のソーシャル的なポイントっぽい。
どこかの記事で見たのでは、カードのトレードやクランシステムを今後実装するつもりらしいのでそれなりに変わっていくんだろうと思う。ソーシャルゲーム業界は信じられないくらいスモールスタートで後からどんどん機能追加&細かな変更を繰り返すというのがセオリーらしく、スクエニもそれにならってやってるみたい。

でも自分はやはり向こうに人が居るのを感じる作品をやってみたいんだよなぁ。でも大作MMO RPGは時間がかかりすぎる。それ故にガッツリやるつもりがないユーザーとしてはコミュニティに入っていきづらい。大作MMO RPGは南端、ソーシャルゲームは北端、日本くらいの所が欲しい。難しいんだろうけども。


ライトユーザーの居場所

そんなにゲームが得意ではない方の人間として、こういうゲームをやって金を払う人が多いというのは理解出来た。
勝ち負けは勿論あってそれが所謂重課金者を産んでるという所は十分にあるんだけれども、そうでなくともそれなりに穏当に遊ぶのも全然可能だからなのかな。この辺りはイマイチすっきり書けない。初期はこういう事の方が言われていたと思うんだけど最近は専ら高額に支払うお得意様の問題ばかりを良く見る気がする。収益的には重課金者が重要というのは変わらないだろうけど、その構造(生態系)を支えてるのはやはりピラミッドの底辺(悪い意味じゃないよ)のユーザー何だろうな、というのを思い出した。というか知識だけのところを初めて実感した。

これを書いていて根拠レスなのがやはり悲しい。実際の支払いを指標にしたユーザーピラミッドはどうなってるんだろう。前は全体としては無料ユーザーが多いという話をよく聞いたけど、今はどうなんだろう。


今のに関連するけど、やる人が多く居るのが理解出来たとは言えやはりこういうソーシャルゲームでなく、向こう側に人が居るのが感じられる作品をやりたいと思う。/*あー牧場物語やりてー。中に人が入った牧場物語やりてー。*/ 今後の業界の成長によって補われる方向もあるのかもしれないので、その辺りには期待したい。



この様に、やっぱやらないと何も分からないなというのを再確認した次第です。
ちなみに今Lv.29

握手とかお話とか

これは誰彼の考えについてあれこあれ言うものではない。一般化した何かを書きたい訳では無く、自分の悩みを書くだけ。無いだろうけど無駄にフレームとか起こしたくないので書いとく。
いつもの、考えすぎ, 割り切れない系の話。あと、上手く言葉に出来ないので個々の話の繋がりが分かりにくい。


ライブイベントなどで握手やちょっとした会話をする事に対して抵抗がある。それは必要なんですか、意味のある事ですか。もしかして過度に無理してファンサービスしてるのでは、みたいな何かがモヤモヤと。選挙の街頭演説と同じで無理してでもやった方が効果があるものだと思うので、考えすぎの迷路に入りやすい。ライブという場でさえそう考えてしまう。真綾さんは昔は、ライブが苦手だったが今はそうではない、と言ってるけど明確に言及しているそれでさえホントかよと考えてしまう。ここまで言ったらどうしようもないけど。
もちろんお話出来るのは嬉しい事。絶対後で後悔するけど。

だいたいコミュニケーション取りたくてライブ, コンサート行く訳じゃ無いんだ。握手出来る!お話出来るから!行く!というのはいやらしく感じられてしまう。繰り返すけど自分も握手とかお話とかの機会が与えられるのは嬉しい。いや、やっぱり握手はどうかな。。。握手って何、必要なの... これはまた少し別の話になるけど。
あちらがOKしてるんだから良いんだよ、チケット代金に含まれてる、そういう契約だよ、と考えるのは簡単だけどアンコールみたいにそういうのが辺り前な雰囲気があったとしたら嫌だ。

真綾さんみたいなそもそもそういう機会が設けられないアーティストや、オーケストラの様な過度にパーソナリティが注目される事の無い対象については、こういった悩みの出る幕は無くて良い。(んだか悪いんだか)
口が上手くて、或いは適したネタを持っていて何か面白い話が出来るんなら、相手に何かを提供出来ると思えるのなら少しは自信もってお話出来るかもしれないけど。面白いかどうかは相手が判断するものでお前がとやかく言う必要は無いんだよ、というのは分かっているつもりなので、だいぶ自分勝手なかんじ。通常の日常会話でも同じ事が言えて、例えば電話越しで相手に聞いているよと伝える類の相槌が出来ない。お前にそれを拒否する権利は無いんだよ、とどこからか聞こえてくる様な気がしつつ、こういうことはほぼしてない。

何か上手い話が出来れば、という所に集約されるんだと思う。良い意味でその場限りの(というのは語弊があるけれど)話が出来ればな。
その場を離れた時にも有効な感想を残したいとか、良い点があれば悪い点も見つからないと盲目的に見えて嫌だ、という意識が悪い意味で強すぎる。体験は場所に依存するものなのに。

立ち位置としては、サインがせいぜい握手NG。AK47に似た何かの話を聞くと、これは自分には関係の無い世界だなぁと感じる。少し羨ましい。
この悩みは最近の清浦さん関連で燃え上がっている。この前のライブではサイン, 会話, 握手にそれなりの時間が費やされた。
清浦さんは近すぎる。清浦さんの初ライブが初めてのそういう"近い"イベントだったと思うけど、この前のはお膳立てを含めて選曲から何からやりすぎであるよ... よかったけど...

「計算しか出来ない計算機なんてゴミですよ」

本館のBlogエントリで挙げた、
失われた身体性を求めて - elm200 のノマドで行こう!
ここの文章を読んだ時に、『日本人がコンピュータを作った!』にあった和田弘さんの言葉を思い出した。

――60年には情報処理学会を設立されています。これもハードよりもソフトへ行かなきゃという思いからでしょうか?
「まぁ、学会はね、今後そういう意見交換の場が必要になるだろうから、というので作ったんですよ。みんなが計算機学会にする、というから、情報処理という名前にしろと言ったんですよ。だって、計算しかできない計算機なんてゴミですよ。そうじゃなくて、これからは文字を含めた情報を処理させていくんだ、と。それで創立学会で『計算をしない計算機』という講演を行いました。これは情報処理学会の会報『情報処理』の一号の巻頭を飾った論文にもなりました。」
――いきなり最初に「計算しない計算機」という論文が来るとは!
「(中略) 私がそんなことをいったのは、計算機を使う数値計算の専門家が、コンピュータは自分たちの道具だよという顔をしてのさばっているのが癪だったからでもあるんです。おまえらが使う機能なんてごく一部分だ、計算なんかと関係無く処理すべきことがいくらでもあるんだぞと、そういいたかったんですね。」
――いま拝見してみると、まだコードも決まっていない段階で機械翻訳の話まで入っているところに先見の明があると思いました。当時、計算以外の情報をコンピュータで処理する考えはあったのでしょうか?
「ありませんよ。でもとにかく、計算なんてつまらない。だから計算機なんて呼ぶのはやめろ、強いて言うなら情報処理機だ、といいたかったんですね」

ちなみに、日本初のコンピュータ 真空管式 FUJIC, 日本初のトランジスタ式コンピュータETL Mark III が完成したのは同書に1956年と書かれてる。そういう時代の話。


どこかで見た話だけど、コンピュータがよりみんなのものになる為には、自分たちが自分たちの為だけのマッシーンを自作する世界、が当面の目標になるのかな。









と計算出来ない人間が申しております。

スモールワールド仮説

昨日書こうと思ってたんだけど寝てしまった。

以下敬称略

今のは全部Wikipedia情報だけどまとめると、斎藤ネコカルテットに溝口肇, 藤森亮一が参加していて(た)、斎藤ネコは篠崎弘嗣に師事、篠崎弘嗣は篠崎正嗣の父、篠崎正嗣は斎藤秀雄に師事。(敬称略) いやー、ビックリしたなー。この辺り少し掘ってみるべきだ。

http://twitter.com/#!/termin/status/163109355376492545

今度は、渋沢栄一, 尾高尚忠, 澁澤龍彦, 小澤征爾辺りが割と近い系譜だってのが分かった。

http://twitter.com/#!/termin/status/163114523144892418

"橋本一子のレコーディングで実績を持つ、藤森亮一"って書いてあるけどもしかしたらラーゼフォンで弾いてる可能性あるのかな。

http://twitter.com/#!/termin/status/163118400476950529

(ところでTwitter記法いつ使える様になるのかな。


まとめると、
吉松隆はモルゴーア・クァルテットと親交があり(荒井英治以外は不明だが)、モルゴーア・クァルテットには藤森亮一が参加していて、藤森亮一, 溝口肇斎藤ネコカルテットに参加していて(た)、(溝口肇は以下略)、斎藤ネコは篠崎弘嗣に師事、篠崎弘嗣は篠崎正嗣の父、篠崎正嗣は斎藤秀雄に師事。
ついでに、篠崎正嗣は菅野よう子の元でよく演奏している。坂本真綾斎藤ネコ, 篠崎正嗣, 菅野よう子と関連。
ここからは大分遠くなるけど、斎藤秀雄, 渋沢栄一, 尾高尚忠, 澁澤龍彦, 小澤征爾は家系的に近くは無いが全くの他人でも無いらしい。

(ちなみに、渋沢栄一, 澁澤龍彦は別としても、斎藤秀雄さん以外は何らかの形で音を聴いている。今回初めて知ったのは上に上げたTweetの部分。

つまり、真綾さんから人伝いに吉松さんまで繋がったのだよ!!
篠崎正嗣さんの方を辿れば間には4人!
参考: スモール・ワールド現象 - Wikipedia
あんまり意味を成す事では無いかも知れないけどこんなに一気に繋がったのが嬉しい!楽しい!
しかし今でも興味は色んな物にあっても聴けていない状態なのに、また一気に興味が広がりすぎて困る。

ここ十日間気になっている鈴村の事

気になっているのは鈴村じゃなくてミコノさんです。

最初に見てからずっと、アクエリオンからアマタとミコノさんが出てくる時に、最初に鈴村に手を伸ばして上がってきたのがアマタだったのが気になっている。まぁ進行的にはミコノが先に出ると無駄なカットが必要になるのかも(素人目線)。あとスカートが短い問題もあるしね!

ところで、ミコノさんは鈴村にだけはやらん!という感じなんだけどあの人って自分の中ではそういう役所が多い気がする。ルナマリア(真綾さん)もアラシちゃん(折笠さん)もハルヒ(真綾さん, これはちょっと例外かな)も式(真綾さん)もアレな方の人(芹園みや)も鈴村にはやらん。基本的には(シンとかアレ)どのキャラクターも良い奴で良い鈴村なのだけれど、良い奴過ぎてお前にはやらん!になるのかなんなのか分からない。鈴村と友だちになりたいがお前にはやらん絶対にやらん。深くは考えてないけどなんでだろな。

バンダイチャンネルを利用してみた

いや、アカウントはあったのだから初めてじゃないんだろうけど。
見たのは、輪廻のラグランジェ 第2話。
EDを聴いたのは2回目だけど確かに北川さんの音、というか、画も音もTOP2だ。
バンダイチャンネルではやはり画質かなり控えめになるけどこれ以上はお金かければ方法があるんですかの。
この後、フルスクリーン表示を確認しようとErgo Proxyを見始まってしまった。やはり好きな作品で(怪物が喋ってしまうが...)また見たくなってきてしまったので検索してみたらBDは出ていないみたい。もったいない... またしてももっと評価されるべき的思考が..

あと、ニコ動行ってもう一度2話までのミコノさんを見てしまった。もう「華麗なるミコノだけ」(参考: http://bit.ly/zZgdO6)が欲しいかんじ。
自分と住んでいる世界が違うのは辛くもあり救いでもあるね。


今日やっていたNHK プロフェッショナル がGoogle 技術者の回らしく放送が始まってから知った。Twitter見てないとこういうのすぐに察知出来ないし後で余計な深呼吸することになる。